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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)70285号 判決 1971年4月12日

原告 岩下明

被告 スタンダードセールス株式会社

主文

被告の申立にかかる渋谷簡易裁判所昭和四四年(ヘ)第四五号公示催告事件につき、同裁判所が昭和四五年一月一三日なした除権判決はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

一  当事者の求める裁判

原告訴訟代理人は主文第一項同旨の裁判を、被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの裁判を各求めた。

二  請求の原因

(一)  被告は別紙目録<省略>記載の約束手形に振出人として署名後流通に置く前にこれを紛失したことを理由として、昭和四四年五月一九日渋谷簡易裁判所に対し公示催告の申立をなした。同裁判所は同庁昭和四四年(ヘ)第四五号公示催告事件として公示催告をなした上、同四五年一月一三日右手形につき除権判決をなした。

(二)  原告は右手形の所持人として被告に対する手形金請求訴訟を昭和四四年八月渋谷簡易裁判所に提起し、同裁判所昭和四四年(手ハ)第三二号約束手形金請求事件として現に係属中である。

(三)  (民訴法七七四条二項一号の主張)被告は手形に署名後流通に置く前に紛失した者であるから、民訴法七七八条所定の公示催告申立権者に該当せず、従つて本件除権判決は法律に於て公示催告手続を許す場合に非ざるときになされたものというべきである。

手形紛失を理由とする公示催告手続は手形の所在が不明の際にのみ為されるべきであり、手形の所在が判明した場合には右手続をなすことは許されないものであるところ、原告は前記のとおり被告に対し本件公示催告にかかる手形につき、手形金請求訴訟を提起し、且つ昭和四四年九月二四日の第一回口頭弁論期日において右手形を被告及び裁判所に呈示したものである。従つて本件除権判決はこの点においても公示催告手続をなすべからざる場合においてなされたものというべきである。

(四)  (同項五号の主張)原告は前記のとおり本件公示催告期間中に公示催告裁判所である渋谷簡易裁判所に対し公示催告にかかる手形金の請求訴訟を提起したものであるが、右訴の提起は民訴法七七四条二項五号にいう権利の届出に該当するというべきである。本件公示催告手続と右手形金請求訴訟の担当裁判官は別であるけれども、いずれの申立も渋谷簡易裁判所に対してなされたものであつて、どの裁判官に配点されるかは裁判所内部の問題にすぎない。

三  請求原因に対する認否

請求原因事実は全部認める。なお、権利届出の主張につき別紙(被告の主張)のとおり争う。

四  証拠

証拠の提出及び認否は記録中の証拠関係目録記載のとおりである。

理由

一  被告が別紙目録記載の約束手形に振出人として署名をした後他にこれを交付する以前に紛失したとして、昭和四四年五月一九日渋谷簡易裁判所に対し公示催告の申立をなし同裁判所同年(ヘ)第四五号として公示催告手続が開始されたこと、原告が右公示催告にかかる手形につき被告を相手どり同年八月渋谷簡易裁判所に手形金請求訴訟を提起し、右訴訟は同年(手ハ)第三二号約束手形金請求事件として現在係属中であること、原告は同年九月二四日の第一回口頭弁論期日において右手形を被告および裁判所に呈示したこと、右手形につき昭和四五年一月一三日除権判決がなされたことは当事者間に争がない。

二  被告は右除権判決は民訴法七七四条二項一号の法律に於て公示催告手続を許す場合に非ざるときになされたものであると主張する。しかしながら、約束手形に振出人として署名をした後他にこれを交付する以前に紛失または盗取されたものは公示催告の申立権を有するものと解すべきであるし、また、同号にいわゆる法律に於て公示催告手続を許す場合に非ざるときとは、現にとられた公示催告手続について抽象的一般的にこれを認める法律上の根拠を全然欠く場合をいい、具体的個別的の公示催告手続内でなされた事実認定が不当である場合を包含しないものと解すべき(最判昭和三二年二月二二日集一一巻三二九頁参照)ところ、原告の主張する本件手形の所在が判明していた事実は、具体的な公示催告手続内でなされた事実認定が不当であつたことの主張に帰するから、同号に関する原告の主張はいずれもそれ自体適法な除権判決取消の理由とはならない。

三  同項五号の主張について考えるに、同号にいう権利の届出とは適法且つ期間内になされた届出を前提とすることは当然であり、権利の届出と題し権利を届出る旨を記載した書面に証券の写しを添付して公示催告を申立てられた簡易裁判所の窓口に提出するのが通常の例であるが、公示催告期間中に、公示催告申立人を被告として、公示催告を申立てられた当該簡易裁判所に対し催告にかかる手形の手形金請求訴訟が提起され、かつ当該手形が提出されたときは、民訴法七七四条二項五号に定める「権利の届出」ありたるものと同視するを相当と解すべきである。

けだし、除権判決の前提としての公示催告手続においては、証券の所在不明ということが申立の実体的要件であり、また公示催告は権利の届出を待つて証券の所在を探知することをその目的とするものであるから、右のように公示催告申立人を被告として公示催告裁判所と同一の簡易裁判所に催告にかかる手形を提出してその手形金請求訴訟を提起している場合は、手形所持人たる原告としては既に「権利の届出」と同視されるべき行為をなしたものと信じたとしても無理からぬことであり、他方公示催告申立人である被告としては、手形の所在が既に判明しているのみならず、所持人から手形金請求訴訟を提起されているにもかかわらず、一方で公示催告手続を追行し、除権判決を得ることによつて当該手形を無効ならしめることは、制度本来の趣旨に反し許されないものと解すべきだからである。なお、右のように解することは公示催告裁判所にとつては、難きを強いるものとの批判もあり得ようが、元来公示催告裁判所は除権判決をなすにあたり、口頭弁論を開き、必ず申立人を出頭させた上(民訴法七七一条)、職権をもつて証券の所在を調査する職責を有し、判決前に申立人に対し詳細なる探知をなすべきことを命じ得る(民訴法七六九条二項)のであるから、申立人が手形債務者である場合には公示催告期間中に手形が支払のため呈示されたか否かを問い質すべきは当然であり(独民訴一〇一一条参照)本件のような場合はこれにより証券の所在を知ることは容易であるというべきである。

右のような見解に反し、前記のような事情にある本件のような場合にも、なおかつ所持人の公示催告裁判所に対する権利の届出と題する書面の提出が不可欠であるとする見解は、前記のような制度の趣旨に鑑み、形式論にはしり、具体的妥当性を欠くとの譏りを免れない。

ところで本件公示催告裁判所が、右のような権利の届出と同視すべき事情を法律に従つて顧みなかつたことは弁論の全趣旨に徴して明らかであるから、原告の本件不服申立は理由がある。

よつて本件除権判決を取消すこととし、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 井口源一郎 清水悠爾 白石悦穂)

別紙 被告の主張

(一)、民事訴訟法第七七四条第二項第五号は、請求又は権利について届出があつたのに、それを顧みなかつた場合に関するものである。よつて本件の場合、原告から請求又は権利について届出があつたかどうかについて、以下考察してみる。

(二)、公示催告手続は、理論上は非訟事件に属するとみられるが、民事訴訟法はこれを訴訟手続として判決手続などと共に一括規定しており、その第七編に別段の規定がある場合を除いて、民事訴訟法の総則規定や判決手続上の諸規定の適用があることは疑いをいれない。

そこで、民事訴訟法あるいは同法を準用する関連法規において、「届出」なる用語がいかように用いられているかをみてみると、民事訴訟法にはその第一七〇条、第五九三条、第六〇八条、第六六九条等に、民事訴訟規則にはその第三二条に、破産法にはその第一四三条第一項第四号、第二二八条、第二五四条等に、会社更生法にはその第一二五条、第一二六条、第一五七条等に「届出」なる用語が使用されているが、そのいずれをみても、その対象となる事実や権利等の存在とは別に届出なる行為を別個の行為として要求していることが明らかである。例えば、右のうち破産法における破産債権の届出については、債権が客観的に存在していても、またその債権についてたとえ訴訟が係属している場合であつても、それだけでは足りず、その債権について別に届出をしなければ破産手続に参加し得ないというが如きである。

本件の場合原告は、手形金請求の訴訟を提起したことを以て権利の届出があつたものと解すべきものとしているようであるが、前記のような民事訴訟法等の建前からみても、訴の提起があつたというだけでは届出があつたとはいえず、届出があるというためには、別個の届出行為を必要としているものと解すべきである。

なお、民事訴訟法第七七四条第二項第五号は、「請求又ハ権利ノ届出」と規定しているので、一見すると請求があれば届出がなくてもよいようにもみえるけれども、この文言は「請求の届出又は権利の届出」の意味であることは、同法第七六五条第三項第二号と対照すれば明らかである。(ちなみに、本件の如き証書の無効宣言のため公示催告手続の場合は、一般の公示催告手続の場合と異なり、届出の対象となるのは「権利」であつて「請求」は含まれていない〔同法第七八一条〕)。

(三)、公示催告事件における権利の届出についても、民事訴訟用印紙法第一〇条の適用があり、所定の印紙を貼用しなければならないところ、原告からはこれを貼用した届出はないから、たとえ届出があつたとしても、その届出は同法第一一条により無効である。

(四) 訴訟手続上、公示催告事件に限らず、具体的事件についての申立、届出その他の申述は、国法上の意味のまたは官署としての裁判所(広義の裁判所)ではなく、訴訟(法)上の裁判所即ち具体的事件の処理にあたる訴訟主体としての裁判所(狭義の裁判所)に対してなされるべきが当然であつて、そうでない場合には適法な申述があつたとはいえない。これを事件に即していえば、当事者、事件番号、事件名等によつて特定される具体的事件に対してなされなければならないのであり(具体的事件が指定されゝば、その事件についての狭義の裁判所は当然特定されることになる)、本件の場合についていえば、権利の届出は本件の公示催告事件に対してなされなければならないのである。

原告は、どの事件をどの裁判官が担当するかは裁判所の内部的な問題にすぎないという。なるほど、事件の配てんに関してはそのとおりであるけれども、一旦当該事件の担当裁判官がきまつた以上、その裁判官が当該事件を担当する限り、その裁判官が当該事件についての訴訟(法)上の裁判所となるのであり、そうなつた以上は、単なる内部的な関係にとどまらず、外部に対し殊に事件関係人に対して裁判機関としての一切の権限と職責を有するに至るのである。してみれば、その事件についての申立、届出その他の申述は、この裁判機関としての裁判所になされなければならないことは当然である。

そもそも、民事訴訟法上裁判所という場合には、狭義の裁判所を意味するのが原則であり、公示催告手続においてだけ、これを別異に解釈しなければならない理由はなく、民事訴訟法第七七四条第二項第五号に対応する規定である同法第七七〇条を一見しても、同条の主体たる裁判所は狭義の裁判所であることは明らかであり、従つて権利の届出の相手方たる裁判所も、その狭義の裁判所でなければならないことは当然の帰結である。

原告は、広義の裁判所に対してこれらの行為をなせば足るような見解を示しているが、もしそのように解する場合には、実際上も甚だしい混乱を惹起し、収拾のつかない事態に立ち至ることは必至であり、また裁判所に対しても甚だしい困難を強いることになる。例えば申立や証拠の申出についても、仮処分事件についてなすべき申立や証拠の申出を別個の部に係属している本案事件に対してなしても、当然仮処分事件についてそれをなしたことになつたり、同一裁判所(広義の)だからといつて民事々件についての申立や証拠の申出を他の部の刑事々件に対してなしても、当然その民事々件についてそれをなしたことになるが如きである。原告は、この点につき、公示催告裁判所は簡易裁判所であるから、除権判決を為すに先立ち、自庁に係属する手形訴訟事件につき調査することは、必ずしも難きを強いるものではないと、いうけれども、公示催告手続の場合だけに限つても、結果はたいして変らない。即ち、手形の公示催告手続についていえば、公示催告裁判所は公示催告手続中の一切の手形につき、訴訟が自庁に係属しているかだけではなく、督促手続、仮差押、仮処分、即決和解、調停等一切の手続につきその係属の有無を調査しなければならず、場合により過去に係属していたかどうかも調査しなければならないことになるばかりでなく、更に公示催告裁判所は手形のみを扱つているわけではないから、公示催告手続中の株券その他の一切の有価証券、証書、権利等についても右と同じことを繰返さなければならないことになる。原告の見解がいかに難きを強いるものであるかは明らかである。

本件の場合、本件公示催告事件を担当する裁判官と本件約束手形金請求訴訟事件を担当する裁判官とは異なつていたものであり、原告は公示催告事件を担当する裁判官(公示催告裁判所)に対して換言すれば本件公示催告事件に対して権利の届出をしていない。

(五) 以上の次第で、本件公示催告事件については、原告から請求又は権利の届出があつたものということはできないから、本件除権判決が民事訴訟法第七七四条第二項第五号に該当するとの原告の主張は失当である。

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